つーか、ほとんど飲酒日記

2006年 12月 13日 ( 2 )

平日飲み(06/12/13 WED)

 今週末も仕事があって飲みに出れない。で、今日「塙」へ。いつものように常連さんやお客さん達と楽しくお話しして、「BP」へ。
 日付が変わり、お客さんがいなくなったので、店閉めてサーカスと飲みに。「バーブラ」そしてサーカスの行きつけのショットバー。そこで、TOSの朋ちゃんが一人で居たので一緒に楽しくお話しして飲んで(本人了解済)、この辺から海馬麻痺に・・・
 シャッフルで帰った記憶がかすかに・・・(^_^;)
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by shu_asa | 2006-12-13 19:30 | お酒・グルメ

命(06/12/12 TUE)

 mixiのお友達の発言で、今年の一字?は「命」ってのがあって、、、
 そう言えば数年前、会社の20周年記念の冊子に寄せた文章があったので、いのちについて、もう一回!若いけど、そのまま、もう一回!


 今、「いのち」が世の中から忘れ去られようとしている。
自殺や学校の数々の問題、すべての根元はここにあるような気がしてならない。

 数年前、ふとしたことから「ネコ」を飼い始めた。これが実にかわいい。それまでと言えば極端な動物嫌い。まぁ、写真やテレビ等で遠くから間接的に眺める限りは気にならないが、自分と直接に関わりを持たなければならない場合は特に嫌いだった。別に動物に限らず生き物すべてが。ところが、これが一緒に過ごしてみるとたまらなくかわいい。ちょっとした仕草やいたずらさえもかわいく思える。大切にしているスピーカーのコーン紙を囓っても、襖を破っても許せてしまう。また、ジャンプの能力やバランス感覚のよさ、嗅覚の鋭さ、瞳孔の反応の早さ等、人間より数段優れている能力を実感し、それに驚いたり感動したりしていた。

 そんな「ネコ」と暮らしていて付き合いが深まるにつれ、こいつは我々人間とは全く別の生き方をしているのではないか。現象を人間とは全く別のロジックでとらえ、感じ、考えているのではないかと思うようになった。人間とは別の哲学で生きているのだ。それは当たり前の事と思うけど、問題は人間が、本来それには優劣などなく人間を中心とした考え方が人間だけで通用する価値の優劣を作り出しているに過ぎないのに、それで他を支配しようとし、押しつけていることだ。

 話は変わって、少し前にまたふとしたことから臓器移植のドナー登録をしようと思ったことがある。「死んでからの肉体が人の役に立つならいいんじゃないの」という軽いノリで、特に深く考えてのことではなかった。しかし、臓器移植の知識なんてほとんどなく、脳死についての知識も立花隆氏の言葉を借りるが「脳が死んだ。何かの要因で脳が破壊され機能を失い、当然それに伴い心臓も止まる。人間の本質は理性を司る脳なのだから脳が死んだら、それは人間の死なんだ」とあまりにも単純で簡単な解釈で、「脳死を反対している人達は科学の進歩に自己意識がついていけない人だ」と考えるくらいのものだった。恥ずかしながら人工呼吸器がないと発生しないことも、植物状態との区別もよくわかっていなかった。

 これでドナー登録するのはちょっとまずいのではないかと我ながら思い、少し調べてみた(正確に言うと、調べて始めて上記のことを気づいたのだが)。ところが、これが実に数多くの問題を含んでいる大変な事だった。そんな簡単に、気軽にちょこちょことサイン出来る代物ではないと気づいた。調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、難しく解決されてない問題が山積みにされている。ほぼ解決されていると言う意見もあろうと思うが、私には到底解決されていると思えない。脳死を人の死として臓器移植をする行為、そこには「生命」とは違う「いのち」がまったく見えてこない。よって未だ、臓器移植のドナー登録にはサインできない状態でいる。

 最近、デカルト哲学の批判が激しくなっているそうだ。「われ思う、ゆえにわれあり」の掛け声とともに、人類史上まれにみる急速な発展(変化)を遂げた近代社会、300年あまり続いた異常とも言える急速な進み方に対して今、少し影がさし始めた。人間を進化の頂点として、人間の頭脳こそが万物の頂点などという人間中心の考え方。今、この哲学の弊害、行き詰まりが露呈してきている。人間が、人間の頭脳が万物の頂点なんてとんでもなく、無数(現在までに生物学が認知している生物の種数は約150万種。しかしこれは地球上の生存している種のごく一部で、実際には数千万以上か、億を超える数の種が実在していると推定されることもあるという)もある種の中のただの一種に過ぎないはずである。この破綻しかけた哲学から早く抜け出さなくては。

 しかし現在の世界(人類)の動きは、まだこの哲学に幻想をいだいているし、気づかずにしがみついている。もちろん医学も例外でなく、というよりそれが蔓延している代表的なものと思える。疑問を感じる余裕さえ、まったく忘れている。

 *****に配属され「健康」「教育」についていろいろ考えた。本当の「教育」は考えれば考えるほど行き着くところは、《科学的事実》ではないと感じる。ある本で読んだのだが、日中新聞記者の林さんという方が妊娠に関する自分の実感として「自分のなかにあるが、自分のものではない。何か天から下りてきたいのちを、たまたま自分が預からせてもらっているような感覚、そのありがたさ、豊かさ。私はたびたび妊娠にとっての《真実》ということを考えさせられた。コウノトリが赤ちゃんを運んできたんだよという説明の方が、私の卵子と夫の精子が結びついて、などという《科学的事実》より、よほどしっくりときた」と語っている。実に印象深い意見と思った。

 現在******にある教育教材もほとんどが《科学的事実》中心の物が多い。医学はそれで発展してきたのだから当然といえば当然のことだけど、これからは《真実》ということを積極的に意識して、多く取り入れて行かなくてはと思う。《真実》が抜け落ちて《科学的事実》に偏っている状況を変えて行かなければ、健康教育としては片手落ちだし、まず《真実》を受け止め、感じることが「健康」で生きる必要最低条件だと思う。

 かけがえのない、尊い「いのち」。もういいかげんに過去の人間中心主義の哲学を捨て、早くこの幻想から抜け出さなくてはならないと思う。
 昔よく「僕はクラゲになりたい」と言って、人から失笑や批判を受けたことがあったが、今、本気でクラゲにならなくてはと思う。これは、比喩して人間を見るということではない。他の生き物の目から人間を風刺してみるということでもない。本当にクラゲになって考えるということ。そして、それに近づくことが出来たとき、そのすばらしさに感動を覚えたとき、その時に初めて「生命」じゃななく「いのち」が見えてくるはずだ。

 「クラゲ」になり、いつも一緒にいる、「ネコ」と同じ高さの目線でコミュニケーションをする。そのレベルに到達するのは至難の業だと思うが、まず、ここからスタートをしなくては。
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by shu_asa | 2006-12-13 00:00 |



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